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2006年12月27日 (水)

寒波到来

明日は、関西でも雪が降りそうな予報です。

すべりだした「24時間相談電話」のこと、そして、3学期に予定されている「全員面談」関連の対策のことで、このところ毎日気持ちがいっぱいです。

子どもたちの目線から見たら?????

という疑問が、ぐるぐる頭の中を回り続けています…。

今さら書いても愚痴ですが、やるせないので書いておきます。

24時間電話相談そのものは、夜中に起きていて、他に誰にも話すことができない子どもたち(きっとそれは、本当にいちばん追いつめられて困っている子どもたちでしょう)に向けてのメッセージということで、設置されていいものだと思います。震災のとき、たくさんの臨床心理職やその他専門職がボランティアに行ったのと同じように、24時間相談電話はできれば無償でさせていただきたいです。

そして、できるかぎり、子どもたちは、夜は眠れたほうがいいですし、相談は、まず家族や教師とできたほうがいいです。スクールカウンセラーによる深夜相談電話を広報すると同時に、それ以上に、子どもたちと家族や身の回りのおとな、そして教師たちとのコミュニケーションがどうしたらもっととりやすくなるかを考え、そのことを広報することに予算を投入していただきたかったと思います。

今の子どもたちが魅力を感じるようなコマーシャルや番組を製作してテレビで流すこともできるでしょうし、子どもたちが好むキャラクターやイラストの入ったパンフレットを製作して全戸配布することもできるでしょう。キャンペーンソングを人気の歌手に歌ってもらって啓発するとか、いろいろ考えられないでしょうか。30億円は、各都道府県政令指定都市あたり5千万円ですが、そのぐらいあったら、かなりいい家庭向けの心理教育ツールが開発できるように思われます。

また、教員向けの研修ツール制作費や、講師派遣代など、お金の使い道がもっといろいろ考えられるように思います。

スクールカウンセラー向けの補正予算を返上して、そういう、もっと子どもたちにとって身近で、子どもたちの心に響くようなことにお金を使ってもらえたら、この年末の重苦しい気持ちが、パッと明るくなるような気がします。

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コメント

つなでさん、おはようございます。

とても、真面目に子供たちのこと考えておられて感銘を受けました。

>スクールカウンセラー向けの補正予算を返上して、そういう、もっと子どもたちにとって身近で、子どもたちの心に響くようなことにお金を使ってもらえたら

このセンテンスは素晴らしい。

僕たち対人援助職の役割は、自分達を守ることよりも対象となる当事者を守ることが第一であることが見事に表現されていますね。

つなでさんの真面目さに頭が下がります。

>渡邉新太郎さま
コメント大変ありがとうございます。
また、渡邉さんにいろいろとコメントをいただいて、反省するきっかけをいただいたことに感謝しております。

行政が不思議なことをするのは、行政に対して現場のことを伝えきれていない私たちにも責任が多々あると感じます。
ひとりでは、力が弱いですが、子どもたちの身近にいる対人援助職が、精神科医師をはじめとして、手をつないで行政にアピールしていけるようになれば素晴らしいですね。

辛口のコメントばかりで、嫌な思いをなさったことと思います。

しかし、おかげで、つなでさんと議論ができるようになって、僕はありがたく思っています。

こちらこそありがとうございました。

行政にしばらく身を置いていた身からすると、真面目に渡り合っていると、痛い目に逢います。

日精診は、いまでこそ厚労省と話ができる関係になっていますが、昨年の自立支援法騒ぎが起こって、三野先生が粘り強く交渉したことでやっと対等に話ができるようになりました。

それまでは、我々場末の精神科医が何を言っても行政は相手にしませんでしたから。

日精協の有力者の言いなりだったんで、日本の精神科医療はこんなに遅れているんだと思います。

その点、臨床心理士のボスは文化庁長官までなったわけで、文科省に大きな発言力があったはずです。

行政や、政治は裏読みをしないと、まともに向き合ってると痛い目に逢います。

僕が臨床心理士やスクールカウンセラーに批判的なのも、そういう点が透けて見えるからです。

ご理解いただけるとうれしいです。

つなでさんへ;
 補正の目的は、「子どもがいじめに関してだれにも相談しないで、できないで、誤った最悪の選択をすること」を防ぐことですから、いろいろな方法によって、それが実現するシステムづくりができれば、いいのではないでしょうか?
 全員面接というのは、その目的を達成するために、誰かが考えて、予算をはじいた「ひとつの方法」にすぎないと思われます。
 ですから、積極的な相談体制・解決体制を確立することこそ、この補正予算の目的を果たす方法だと思われます。もちろん、その「ひとつの方法」が不適切なら、行政に携わる人・政治家も、そんな方法に、こだわらないと思います。
 行政に携わる人や政治家に、説得力ある提言をすることこそ、いま、私たちに課せられた課題なんですよね。
 つなでさんのブログを読んで、そう思いました。

>Tominaga先生
コメントありがとうございました。
先生がおっしゃってくださっているような方向で、力を合わせてやっていくっきゃないということですね。
気合いを入れてやっていきます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

>渡邉新太郎さま
政治的な話は、いろいろ裏があるかもしれないというご指摘は、ある程度当たっているのだろうと思います。
…前文化庁長官は、政治力を持っておられたかもしれませんが、それでも国家資格化は実現しませんでした。心理の側からすれば、医師団体の政治力が大きく見えます。

医師対臨床心理士というような対立の構図ではなく、ともに利用者のために、税金を有効に使わせていただきながら働くということになっていきたいと、心から願っています。

つなでさん、こんばんは。

今回の法案の提出のあり方についてどの程度のことをつなでさんがご存知かは存じません。

しかし、医療心理師の資格化で全心協も精神科医諸団体も合意していたのは事実でしょう。

それを反故にしたのは、法案を提出する段になって、突然、河合隼雄氏のグループと思われる政治力が、今までの臨床心理士は医療には立ち入らないという主張を豹変させて、1法案2資格という非常識なものを作り出したわけです。

我々、精神科医が問題にしているひとつの問題点は、これまでの合意を突然無視して、何の相談もなく、自分達の主張を変えてまで捻じ曲げて、文教族に政治力を見せ付けた彼らの不誠実に怒っていあるところがあります。

心理職の資格にしてもこれまで歴史を持っている他の資格もあるわけでしょう。

それが臨床心理士という、河合一派の思うようになる、そして世間的に認知されてしまったが、本当にそれだけのエビデンスや専門性を保障できるのかといった、一民間団体の認定に任せていいのか、と僕は思います。

僕は心理職や、その国家資格化に反対をしていません。

ただ、今回の法案騒動において、河合一派や利権に食指をうごめかせている政治家達の思惑に乗ることは国民にとって不利益になると思うから反対しているのです。

昨年、この法案が提出寸前まで行って、流れた後、各種団体で前向きな話し合いをすると公式には誰もが言っていますが、実際には何もなされていない。

鴨下議員などは、「各種団体との調整がついたので、今年再提出する」という、まったくの嘘をついてまで法案成立を図ろうとしている。

僕は、このような不誠実な形で心理職の国家資格化が行われれば、精神科医の多くが共同で働くことをやめてしまうことを恐れているのです。

つなでさんは、経済に疎いとかいておられたと思いますが、はっきり言って政治にも疎いと思います。

政治の世界は魑魅魍魎のすむ世界なんで、しっかりと自分の考えを持った上で、理想を捨てることなく、現実を見据えていないと、とんでもないことが起こります。

障害者自立支援法がそのいい見本でしょう。

最初から反対していたのは日精診ぐらいで、当事者団体ですら3障害の一体化という錦の御旗に目をくらまされていましたから。

今になって、精神科医療は三野会長の粘り強い厚労省との交渉で、傷が浅くて済みましたが、当初賛成していた福祉分野は大きな痛手を受けています。

僕は河合氏は心理職としては立派だと思っています。ただ、政治力を誤って使いすぎた点が大きな問題であり、驕りであったと思います。

そういう意味では、患者さんが、国民が不利益を受けないためにも、一から心理職の国家資格化の問題は仕切り直しをしないとダメだと考えます。

それこそ、つなでさんの言われる、医療職と心理職の対立(医師と臨床心理士の対立という構図ではありませんよ。看護協会も反対の意向を示していたはずですし、福祉分野の専門職もこの法案には疑義を呈していますから。)というくびきから解き放たれるではないでしょうか?

>渡邉新太郎さま

いろいろと教えていただいてありがとうございます。
ブログには、私が知っていることすべては書けないことをご了承ください。
私は、全心協の関係者で、新年からは役員をすることになっております。もうそろそろ全心協ニュースがみなさまの手元に届いているかと思うので、公表しますね。
ですので、役員として知り得ていることを、ブログに無責任に書くことができません。それでも、書ける範囲で、公共の利益になると思うことを、個人の立場と判断で書いていきたいと思っております。

昨年の「2資格1法案」に関する経緯が、渡邉さんの立場からそのように見えてしまうことは十分理解できます。そして、そういうややこしい状況を作り出したことに関して、全心協に責任があると考えています。それで、私は、今になって、全心協の役員に立候補したわけです。

渡邉さんはご存じだと思いますが、全心協の会員数は600人ほど、臨床心理士会の会員数は、1万5千人を超える勢いです。医療には、非常勤を含めると、少なくとも3千人以上の心理専門職が働いていると言われています。その3千人には、臨床心理士会の人が多いのです。全心協の会員も、両方の会員である人がたくさんいます。

認定臨床心理士にも、たくさん問題点はあると思いますが、臨床心理職を代表する団体として公共性のある資格を作るために努力していることは事実です。認定臨床心理士の会員数の多さは、臨床心理職の当事者の多くが、認定臨床心理士のスタンスに賛成していることを示していると考えます。まず、この点を押さえておく必要があります。

この点に関して、アンチ臨床心理士の立場からは、大学院を作って若い人たちを「洗脳」しているというような悪口が聞かれます。私は、たくさんの若手と話をしますが、彼らは、みな自分の頭で考えて、認定臨床心理士にコミットすることを選んでいます。「横断的」「大学院修士」という資格を希望しているのは、「偉い人」たちだけではなく、若手たちも、自分たちの考えで希望しています。それは、インターネットのさまざまな議論を見ていただければわかる通りです。

多数決が必ずしもいいとは言えないかも知れませんが、民主主義的な手続きということを考えるならば、臨床心理職について代表性を有している団体は、全心協ではなく臨床心理士会です。

「河合一派」と書かれていますが、臨床心理士会は、確かに会長は河合隼雄氏ですが、「一派」という言い方は、おとな対おとな、専門職対専門職として少し失礼ではないでしょうか。臨床心理士会には、河合氏以外にもたくさん指導的な立場のベテランがおられ、精神分析系から行動系まで、さまざまな立場があります。そのさまざまな立場の臨床心理職が、臨床心理職にいっそうの公共性と責任を持たせるために、国家資格化を求めて集まっているのが臨床心理士会なのです。

しかし、それに対してもアンチ臨床心理士の人たちは、認定臨床心理士の国家資格化への努力は見せかけで、臨床心理士認定の利権を守りたいだけ、本当は認定資格のままにしておくために「医療心理師つぶし」をたくらんでいるというような悪口を言っています。

そして、日精協や日精診には、そういう偏った悪口のほうが流され続けて来ているのです。渡邉さんなら、それがなぜか考えていただけるのではないかと思います。

もし、アンチ全心協の立場で全心協の悪口を言うなら、「厚生省が、アンチ臨床心理士の立場の心理職を集めて作った傀儡団体」「精神科医の思い通りの資格を作らせるための傀儡団体」ということも言えるかもしれないんですよね。

渡邉さんがおっしゃってくださる
>一から心理職の国家資格化の問題は仕切り直しをしないとダメ
という点には、私個人は激しく同意します。
しかし、一からということができないのは、鴨下議員はじめ、議員の尽力をこちらの事情でリセットすることが難しいからでしょう。

「各種団体」の調整は行われています。心理職当事者の中では、昨年まではできなかった全心協・心理臨床学会・日本心理学会・日本心理学諸学会連合という4者の協議が進められています。調整が最後までついていないのは、日精協・日精診・日本精神神経学会です。

ブログで、これ以上書けないのが残念ですが、この件に関しては、立場によってつかめる情報にたいへん違いがあるということを、まず意識してかからないといけないのです。

>渡邉新太郎さま

追記いたしますが、認定臨床心理士が求めている国家資格化は、認定臨床心理士とイコールなのではなく、より一層の公共性と責任性を明確にする国家資格ということです。もちろん、実態として、臨床心理職当事者の多くは、認定臨床心理士にコミットしているので、国家資格を認定臨床心理士と全く違うものにすることは、現実的に言ってかえって不利益だと思います。認定臨床心理士の積み上げたものを生かしながら、さらに公共性のある良い国家資格を作るということが趣旨であると考えます。

日本心理学会・日本心理学諸学会連合が国家資格化に関して、積極的にリーダーシップを取る動きをしたことが、この1年の収穫だったと考えます。要は、心理専門職当事者の中で、公平な代表性を有するリーダーチームを作ることが必要だったわけで、そのことが、少しずつできているという風に現状を判断します。

本題に戻って・・・。

当の子ども自身は相談するということに対してどう考えているんでしょうか?私は自治体の相談業務に携わっていて、秋からのいじめ関連ホットライン体制について間接的に情報を得てきました。私の勤務先は子ども対象の窓口ではないので、直接関わる機会はないのですが、中心となる教育領域のラインは、蓋を開けたら、子どもからの相談ではなく、親からの苦情が殺到したそうです。実際に子どもが相談電話を掛けても親からの電話がいっぱいで掛からなかったのか、それとも、そもそも子どもにとって電話相談というツールがアクセスしやすいものだったのかどうか、実態はよくわかりません。私は学校現場にいないので、実際のところを知りたいと思いました。

>しっぽさま
本題に戻ってのコメントありがとうございます。
「いじめ」が多発する年代(小5~中2)の子どもたちは、傾向としてそもそもおとなに何か相談することを好まない人たちではあると思います。おとなに知られずに子どもどうしで解決しようとする年代だからです。そこに、どのようにおとなが関与するかということですね。基本的には、親・養育者と教師中心での関わりが望ましいのだと思います。

電話相談も件数としては少ないようです。ただ、それでも、本当に少数でもかけてくる子どもがいないわけではないですし、かけてくるとしたら、よほどしんどい子どもでしょうから、そのために窓口を開きましょうというのが、今回の取り組みなのでしょう。私は、費用のことを考えると、夜間電話相談は、相談専門職がボランティア対応したほうがいいと思っています。それは、費用以外にも理由があって、ボランティア対応にすれば、病院の常勤職や、常勤の公務員の人たちにも電話当番をしてもらえるからです。震災のときのように、電話当番をいろいろな立場の人たちが協力してやるものにしたほうがいいのではないかと思っています。

それから、メディアで言えば、電話と同時に「メール」ということも考えられるでしょう。経験的には、しんどい状態にある子どもほど、メールを大切にしているように感じます。ただし、メールによる相談は、それこそ対応が難しいので、メールで申し込んでもらって、そのあと電話をかけるというような方法もあるかと思います。

私のいる県では、親からの苦情が殺到というようなことはありませんでした。地域によって事情が異なるようですね。

つなでさん、お久しぶりです。今年ももう残りわずかですね。

議論の中で気になったことがありましたので、久しぶりに2点、書き込みさせていただきます。

>認定臨床心理士の会員数の多さは、臨床心理職の当事者の多くが、認定臨床心理士のスタンスに賛成していることを示していると考えます。

これは私とはちょっと認識が違います。スタンスに賛成している人もモチロン沢山要るとは思います。しかし、かなりな数の人が、「臨床現場で働くには最低限、臨床心理士の資格が無いと雇ってもらえない。または、同じような仕事をしていても給与に差が出てしまう(特にSCなど:これはSCの実力が認められているから起きていることではないと思います)。これは大学教員も然りで、心理学系大学で就職するには、臨床心理士の資格が無いと職がないと嘆いている基礎系の研究者が多い」という現状から考えても、「スタンスに同意」というよりは、「仕方なく資格を取っている人」が、かなりいると思いますが・・・。

確かに「臨床心理士」は、最近は皆の努力で、良い教育がなされ始めていると実感しています。ですから、若い人が「臨床心理士の資格を取って現場で働くこと」に対して、反対はしません。ですが、こういう「力の論理があるため、(国家資格でない、一民間団体の)資格を取らなければならない現状」を、つなでさんはどうお考えなのでしょうか?

それから「臨床心理士と政治」についてですが、私は認定協会はやはり、かなりなところで、政治的に動いている団体と思っています。まぁ、別に政治的に動いていけないとは思いませんが・・・。ちなみにこの度、財団法人日本臨床心理士資格認定協会の会頭に「元文部大臣、第85代内閣総理大臣森喜朗氏」が就任されましたよね。そもそも何故、会頭にこのような方が就任されるのでしょう?このことに対して、つなでさんはどうお感じになるのでしょう?私は、とてつもない「権力・圧力」を感じてしまいます。

このような現状の中、本当に「しっかりと自分の考えを持った上で、理想を捨てることなく、現実を見据えていくこと」が出来るのでしょうか?よほど広く世の中の動きをグローバルな視点で見てかかわっていかないと、知らない間にとんでもない現実(自立支援法の時のように)になっているのでは?と色々危惧してしまいます。

>まったりねこさま
お久しぶりです。コメントありがとうございます。

まず、一点目の「仕方なく資格を取っている人」という件に関して、私の考えを述べます。私は、どんな理由であれ、その資格を自分で取ると決めたのなら、その選択の責任は自分自身にあると思います。「取りたくないのに嫌々取りました」というスタンスで臨床心理士を名乗るのは、無責任であると感じます。

次に、「力の論理があるため、資格を取らなければならない現状」に関して、私の考えを述べます。まず、スクールカウンセラーにおいて、認定臨床心理士の有資格者とそうでない人に給与格差があることに、私個人は反対です。もし給与に段階をつけるのなら、経験年数や評価などでつけるべきだと考えています。私自身は、それを公的な場で発言しています。

そして、「力の論理があるため、資格を取らなければならない」とおっしゃるのですが、現時点で、臨床心理士でなければできない仕事は基本的にはどこにもありません。国家資格ではないからです。それでも、認定臨床心理士が雇われることが多いのは、有資格者の資質が、ある程度社会的に評価されているからではないでしょうか。権力によって、ない実力をあるように見せているというようなことだけで、こんなにたくさんの仕事をさせていただくことはできないと思います。「認定臨床心理士は権力で仕事をとっている」というような見方をすることは、臨床心理士のサービスの受け手である国民のみなさんへの敬意が足りないと感じます。本当にダメなものを許しておくほど、この国の国民は甘くないと思います。

しかし、もちろん社会的な団体として、一定の政治的な力を、認定臨床心理士が全く持っていないということはできないと思います。あってはならないことですが、時として、認定臨床心理士関連団体の団体としての政治力に驕って、自分たちの実力を見誤ることもあるかもしれません。それは、自分たちで、厳しく律していかなくてはならないことだと感じます。

ある団体にコミットするということは、その団体の中で、是々非々の建設的な活動をしていくことだと思います。認定臨床心理士の諸先輩が権力的という先入観を持っている方もあるかもしれませんが、この6年間、私自身が認定臨床心理士として活動する限りにおいて、むしろ私のような下っ端の意見に対して、親切に聞く耳を持ってくださった先輩のほうが、ずっと多かったです。県の臨床心理士会では、理事の方々は、本当にボランティアで走り回ってくださっています。それは、利用者に良いことをしたいという善意からの活動だと感じます。少なくとも、私の所属する県には、人を利用して権力を持とうとするような理事はおられません。

おとなである以上、どんな仕事をするにしても、一定の政治力のある団体に、ある程度コミットせざるを得ません。それが社会のしくみだからです。どこの団体にも、幹部や団体を批判することで、自分自身がその団体の欠点を背負っていないかのように感じたい人があるかもしれませんが、もしそういう人があるなら、それは一種の甘えだと感じます。

どの団体にコミットするにしても、しなくてはならないのは、その団体が力を悪用しないように、しっかりした活動をしていくことだと思います。

私は、人間の肯定的な力を信じています。認定臨床心理士も、問題はもちろん多々ありますが、基本的には良いことをしたい人たちの集まりだと思います。そして、間違ったところがあるなら、それが正されるように努力するのが、自分自身の責任、一人一人の責任だと思います。

もしも、本当に、認定臨床心理士関連諸団体が間違った権力を行使している悪い団体であるなら、対抗する団体を作って断固として戦うべきだと思います。しかし、私は、認定臨床心理士の多くは、基本的には良い意図を持っており、さまざまな欠点は内部からの活動で改善していける団体であると感じています。

感じ方の違いかと思いますが、森氏が会頭になられたことを、私は「とてつもない権力・圧力」であるとは感じません。「とてつもない」とは感じないということです。認定協会が、公益法人の常として、政界官界OBのリーダーを置くのだなとは思いますが…。

しかし、こんなことであれこれ言わなくてはならないのも、ひとえに、臨床心理職の国家資格化が実現しないためです。私は、ブログでもずっと言っているように、認定臨床心理士の国家資格化を望んでいるのではなく、いっそうの公共性を備えた新たな(できれば)ひとつの国家資格を望んでいます。「ひとつの」国家資格は、少なくとも私の周囲では、多くの臨床心理職当事者が希望しています。

今、私たちが考えなくてはならないのは、どうすれば、より良い国家資格が実現するかという、本当の現実の戦略の部分だと思います。認定臨床心理士資格に関するさまざまな不公平感を乗り越えるためにも、国家資格化は実現しなくてはならないと思います。そのためにいちばん必要なことは、「心理専門職当事者がひとつの目的のために大同団結すること」だと考えています。

>まったりねこさま

っつうか、まあ、
ニキリンコさんのホームページ(http://homepage3.nifty.com/unifedaut/)からリンクできますが、
NT(神経学的多数派)症候群、っていうんですか、まあ、そんな感じなんですよ。
くだんの人々は、私も含めて、その典型といえば典型かも知れませんが…。
NT症候群のいつもの光景の中で、何をしていけるかという、そこしかないと思うわけです。自分がNT症候群でないなんて、私にはとても言えないわけです。

つなでさま:
>基本的には、親・養育者と教師中心での関わりが望ましいのだと思います。

そうですよね。そして、SCをしている臨床心理士らのアプローチは、世の批判とは異なり、基本的にこれを支えるべく黒子的に動いていると聞いています。

>電話相談も件数としては少ないようです。

>それから、メディアで言えば、電話と同時に「メール」ということも考えられるでしょう。

今の子どもにとって、他者と繋がるツールは携帯なのでしょうね。そこから、忌避すべき(!?)大人も含めて、どう人の協力を得る方法を伝えるかがカギとなるように思えます。切羽詰った子どもには電話やメール、そこまで行っていない子どもには自分の力で出来る打開策の情報提供などなど、各々のニーズに合わせて同時進行させるのが現実的なのでしょうね。

まったりねこさま:
>これは大学教員も然りで、心理学系大学で就職するには、臨床心理士の資格が無いと職がないと嘆いている基礎系の研究者が多い」という現状から考えても、「スタンスに同意」というよりは、「仕方なく資格を取っている人」が、かなりいると思いますが・・・。

横レス、失礼いたします。

この部分については、違和感を抱きました。これって、そもそも基礎心理学教員の応募が少ないというのが現実なのではないでしょうか?そこに、臨床を口実にでも入り込もうと考えると、こういった妙な捩れが生じるように思います。あるいは、大学が生き残りをかけて少しでも人の集まる臨床を打ち出すために臨床の人材を求める、そのために基礎の応募が少なくなっているというのなら、大学の体制に問題の焦点は絞られるべきではないでしょうか?少なくとも、臨床心理士資格に攻撃の矛先を向けるのは、数段階は飛躍があると思います。基礎がこの競争に生き残れるよう積極的に存在意義や価値をアピールしたり、そういうことが出来る人材を大学に送り込んだりする(ということは、それができない人材を淘汰させるということでもありますが)努力を行うことが先決ではないでしょうか。

皆さん、レスが早いですね。休みだから夜中も起きているのかしら?

まぁ、認定臨床心理士資格に関しては色々ありますが、要は

>認定臨床心理士資格に関するさまざまな不公平感を乗り越えるためにも、国家資格化は実現しなくてはならないと思います。

この一言に尽きますね。

来年も色々あると思いますが、私は私なりのスタンスでこれからもやって行きたいと思います。つなでさんも色々お忙しいと思いますが、どうぞご活躍下さい。

ではまた来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

失礼いたします。

これまで、中学や大学、医療機関等で働いてきた、
心理職の、デスマと申します。
臨床心理士会の何か役職者とかではなく、
一介の心理職です。

単に一公益法人の資格が国家資格化に格上げするのではなく、
より公平で公共性の高い心理職国家資格をという観点、
私も賛成です。

しかし私は、医療心理師の単独国家資格化には反対です。

医療の場では、
医師の指示による法的拘束がかかるのはやむを得ないとして、
それ以外の場所で、逐一医師の指示書が必要とされると、
心理職は、現実的に仕事にならなくなります。

健康な人も、疾患が疑われる人も、
すべて一度医師の診察を通って指示書をもらってから、
というのは、医師の目から見れば、
もっとも整合性のあるあり方なのでしょうが、
他の領域からみれば、無理が伴います。

もし万一、
医療以外の領域に「医師の指示」の法的拘束をかける、
などという理不尽がまかりとおった場合には、
私は、この仕事を辞めますね。

精神科系疾患や身体疾患が疑われる際に、
心理職が、適切に医療機関を紹介できることは、絶対に必要です。
医療関係科目の履修も必要でしょう。
しかし、それは医師に紹介する義務があるということであり、
心理職が確定診断するわけではないので、
医師の業務独占には抵触しないと思います。

むしろ、医療以外の領域をも国家資格し、
医療機関への紹介の義務を盛り込むほうが、
患者さん・クライエントさんのためになります。

もし、医療心理師だけが国家資格化されると、
医療領域以外の心理職は、
野放しになってしまいます。

また、これまで医師と仕事をしていく中で、
疑問に感じることは多々ありました。
患者さんに、
「あなたは人格が未熟だから投薬が必要」
と言ったり、
心理職の側からみればカウンセリング適用となる方に対して、
「カウンセリングを受けたいなんて、ただの甘えだ」
と一蹴したり、
診察中に、犯罪被害を受けたことを話している患者さんが
泣き出すとイライラして、
「そんなだから職場でもうまくいかないんだ!」
と怒鳴ったり、という場面を、何度も見ました。
(少しぼかして書いています。)

心理職であれば、このようなことが一度でもあると、
常勤であれ非常勤であれ、
間違いなくクビになります。

しかし、医師の場合には、多くの場合不問に付されるか、
やんわりと言われる程度です。
「お医者さんって偉いんだー」と、
思ってしまいます。

もし保険適用の範囲内では、
そんなに時間をとって話を聴けないなら、
それはそれでやむを得ないことです。
でも、
「つらかったのですね。
じっくりお話をお聞きしたいところなのですが、
一般の診療所ではそれは難しいのです。」
とでも説明した上で、
どこかのカウンセリングを紹介するなどしてほしいものです。

本当なら私は、医師の先生方には、
「医師の指示」「業務独占性」だけを主張するのではなく、
治療以前の接遇や、患者さんを人間扱いすること、
心理職の使い方について、
もっと勉強してほしいです。

現状のままで、医療心理師単独国家資格化を、
と主張されると、
要は、医師の先生方は、
自分たちの傘下にいて、
自分たちが優位に立てる心理職だけを、
国家資格もち心理職と認めたいのだな、
と、邪推してしまいます。

また、以前につなでさんが述べておられたように、
心理業務は、例えば注射のように、
客観的に観測できる、標準化された行為でないので、
現行の刑法体系との整合性の上で、
法的に「医行為」とみなすことは難しいのです。
(ここは仮に個々の医師の先生方が納得できなくても、
日本は法治国家ですので、
従わなければいけない局面だと思います。)

また、厚生労働省自体が、
心理職を保助看法の一部解除で国家資格化しようとは、
もう考えていません。

保助看法一部解除ではないのに医療領域限定国家資格化、
という主張を聞くと、
医療関係団体の政治力によって、
横車を押されている感じがしてしまいます。

渡邉先生やまったりねこさんのように、
臨床心理士会が一定の政治力を行使することに
ある種の嫌悪感を抱く人がいるのは、
理解できます。

しかし、私はそれ以上に、
医療関係団体の権力行使のほうに、
嫌悪感を覚えます。
(医師免許は国の免許ですが、
医師会等は、医師による団体です。)

どっちを支持するか、と言われれば、
今の自分には、
まだしも臨床心理士会の主張のほうが、
国民のことを考えているように思われます。

臨床心理士会よりも、医療関係団体のほうが、
はるかに政治力もお金ももっています。
国会議員にとってみれば、
臨床心理士に味方することは、相対的に損のはずなのです。
それにもかかわらず、多くの議員の先生方が、
臨床心理職推進の議員連盟に入ってくださるのは、
臨床心理士職推進側の主張にも、
一定の理があるとお考えだからではないでしょうか。

そして、河合氏が病気に倒れた今でも、
臨床心理職推進の動きは止まっていません。
河合氏個人の野望ではなく、
多くの心理職にとっての願いなのではないでしょうか。

私は職に困っていませんし、
常勤の職に就ける予定もあるので、
国家資格化がどうなろうと、
個人的には、全く困りません。

ただ、医療心理師単独国家資格化は、
国民のためになるのかなぁ、と
疑問に思っております。

でも力のある者が勝つというのは、
世の習いかもしれません。
もし単独国家資格化したければ、
どうぞご自由に。
お手並み拝見いたしたく存じます。

よいお年をお迎えください。

>デスマさま

お久しぶりです。コメントありがとうございます。
私は、この流れの中で、より公共性の高い全領域を含む「(できるかぎり)ひとつの国家資格」の成立に、全心協もいっそう協力していけるようにと思い、全心協役員に立候補しました。全心協の中に、認定臨床心理士等、幅広い領域の心理職の立場を理解している役員が必要だと思ったからです。

ともすれば、全心協は、医療という強い政治力ある集団の中で、力を行使する側に立っているということを忘れがちです。そのことが、臨床心理職全体の国家資格化に対してどんな影響を与えているかも、もっと自覚しなくてはならないでしょう。

末端の役員に、どれだけ発言の機会があるかはわかりませんが、できる限りの努力はしていきたいと思います。
こういうことになるに至った発端は、昨年夜も眠れないぐらいにデスマさんを怒らせてしまった自分の不明を羞じたところからです。
いろいろとありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げます。

デスマさんのコメント、ぜひ渡邉新太郎さんに読んでいただきたいですね!

こんばんは。

水掛け論もいい加減疲れてきたので、(毎日朝から晩まで患者さんを100人近く診ていかなければならない、金儲け主義の落ちこぼれ医者なんで、ここに書き込むのに、毎日、眠る時間を30分削っておりましたもので)もう、書くまいと思って、読むだけにしておりましたが、つなで先生のご指名を受けましたので、書き込むことにいたします。

僕は、まったりねこさんやデスマさんのおっしゃてる中で、きわめて重要なことは、以前にも書き込みましたが、この問題は、もうすでに我々一精神科医や一臨床心理士の手を離れていて、政治家同志の醜い争いになっていることです。あるいは、官僚や、政治家達が自分の都合の良いように、この問題を利用していることです。多分、この法案は通るでしょう。今、日本の国を動かしている森氏が会長になったんなら。
そういう事をたいして気にしておられないような点で、ぼくはつなでさん、いや失礼、つなで先生でした、に政治的なセンスが欠けていると申し上げているわけです。
もう、これは政治家の利権争いになっていることは、明白で、それの証拠を提出しなければ、そんなことは信用できないなんてお笑い種です。

つなで先生は2資格1法案に賛成の立場をとる一方で、一からの出直しという言い訳をしておられる。これは、自己矛盾でしょう。

それと、医療心理師について僕が認めているのは、診療報酬化への一ステップであると考えているに過ぎません。それは、スクールカウンセラー制度が公明党のプロパガンダとして利用されている中で、心理職の時間単価をものすごく上げてしまったということと関連があります。

ある地方では、診療所から心理職がみんなやめてしまって、スクールカウンセラーになって困っていると、開業している精神科医が嘆いていました。診療所を開業していくのは、今の医療費削減のこの時代に相当な努力が必要です。医師は年収と労働量の点から見れば勤務医やってる方が、楽です。他のコ・メディカルも低賃金の中で、理想のチーム医療を夢見て頑張っています。心理職だけが、白衣を着て、「先生」と呼ばれ、相対的に高給取りになっているのが現状です。

後、精神科医が批判されるべき対象であることも僕は自覚しているつもりです。ただ、臨床心理士の中にもまったく「臨床」という我々医師が大事にしてきた言葉を踏みにじるような人々がいるのを僕は見てきています。どんな世界にも、悪い奴、非常識な奴はいるでしょう。医師だけが、すべての責任を負わされ、下手すりゃ裁判になり、その一方で、サービス業としての要求を突きつけられているのが今の日本の現状です。

怒りにまかせてかいたので、整合性のない文章になっているでしょう。しかし、僕はこの問題に限らず、日本の医療は早くて5年以内に崩壊すると見ています。社会保障の切捨てを公然と小泉ー森ラインは推し進めてきましたし、民主党の医療政策も褒められたもんではありません。厚生労働省の高官が、開業臨床心理士が保険診療することも可能であると、発言したことはもちろんご存知でしょうね。つまり、国民皆保険制度は形骸化しますよというサインでしょう。

こんなことに関わっている自分が情けなくなります。もう、日本はダメだな。

>渡邉新太郎さま
貴重な睡眠時間を割いてコメントをいただいて、本当にありがとうございます。

スクールカウンセラー制度に関しては、それが本当に公明党のプロパガンダに過ぎないものであるなら、制度自体が長続きしないと思います。本来、来年度から予算が大幅削減と言われていたのですが、「いじめ対策」ということで、削減はされませんでした。

政治的に利用されている面があることを、否定することはできないと思いますが、だからと言って、スクールカウンセラーのすべてがダメとは言えないと思います。
学校という現場に心理専門職が直接参加できたという意義はやはりとても大きいと思います。

私は、医療を離れてスクールカウンセラーをする心理専門職が、単に時給だけに魅かれてそうしているとは感じません。学校は、現場として、大変やりがいのあるところです。それは、医療にひけをとらないと思います。

>医療心理師について僕が認めているのは、
>診療報酬化への一ステップであると考えているに過ぎません

渡邉さんのおっしゃる、まさにこの点が、全心協が医療心理師を推進して来た考え方なのです。医療心理師ができれば、もっとたくさん病院に心理職が雇える、診療報酬がついて、心理職の給料に裏付けができる、そういうところですね。

そして、その点が、「医療の人たちは、医療の中のことしか考えていない」と、他の領域の心理専門職から批判されている点です。

私の知る限り、決して、国家資格化の動きは当事者を離れていません。むしろ、今こそ、当事者の知恵の結集が必要なのです。

私は、本当なら「2資格1法案」ではなく「ひとつのより良い資格」であってほしいと思っています。しかし、表だって「2資格1法案」に反対と言いにくいのは、今までの経過があるからです。本当は、「より良いひとつの資格」にしたいです。そして、それは、医療においても、その他の領域においても、安心して心理専門職のサービスが受けられるための資格でなくてはならないと思います。

開業心理に医療保険という話は知りませんでした。無知ですみません。私は、保険制度に私設心理相談がしばられることは望ましいと思いません。私設をするなら自費でやれることをやればいいのだと思います。これ以上、この国の医療保険制度に負担をかけることはできないと思います。

私も、いろいろと迷惑をかけている心理専門職の人がいることは知っていますし、自分自身もそれほど大きなことは言えないと思います。国家資格化は、そういう迷惑を減らすための心理専門職の資質向上という視点からまず考えないといけないことだと思います。「診療報酬のため」ということで資格を作ると、かえって国民に迷惑をかけることになるのではないでしょうか。

この2年間、いろいろと調べて、今はそう思っています。

渡邉先生、お忙しい中コメントありがとうございます。

> 厚生労働省の高官が、開業臨床心理士が保険診療
> することも可能であると、発言したことはもちろんご存知でしょうね。

開業の心理職に健康保険適用ですか・・・。
それは、私もどうかと思いますね。
(はたから見れば、「臨床心理士びいき」の私からみても、
どうかと思います。)
少なくとも、逼迫する国民健康保険の財政を考えると、
そこまでは行き過ぎではないかと思います。

私が知っている範囲では、
臨床心理職推進側の主張は、
「医療機関において、医師の指示の下に心理業務を行う場合のみ、
健康保険適用」
(医療心理師・臨床心理士ともに)
というものです。

渡邉先生がおっしゃる厚生労働省高官のご意見は、
その方のご意見なのでしょうけれども、
臨床心理士側からは、
そのようにあからさまに経済的利益を求める主張はしていないと思います。

また、渡邉先生のおっしゃる、
スクールカウンセラーの時給単価のこと、
大筋では私も賛成です。
やはり「高い」ですよね。

実力もあって、年齢も経験もある人を呼ぶには、
時給5000円でも、非常勤ですから、
決して安くはないです。

しかし、臨床心理士であれば一律にその給料、
というのはどうかと、個人的には思いますし、
多くの方がそう思っていると思います。

本当に力のある人は、
週1日7時間という勤務形態でも、
かなり学校にとって戦力になっていると思います。
しかし、少なくとも私はそういう働き方では、
給料分の貢献ができる自信がないので、
文部科学省のスクールカウンセラー事業には、
加わったことはありません。

例えば、原則的には時給単価を下げ、
その代わり、常勤や嘱託にして、
週5日で同じ自治体内の数校の勤務をかけもちする、というほうが、
責任をもって仕事ができると思います。

その上で、「凄腕非常勤」の人も、
少しは雇えればよいと思います。
(多くの相談室で実践されていることですが・・・。)

じゃあなぜ、そういう形にできないか、といえば、
その大きな理由が、
「国家資格がないから」
だと思います。
文部科学省としても、
国の資格をもたない者に、常勤の予算をつけることは、
なかなかできないと思います。

だとすると、力のある心理職に、
それに見合った待遇を与えて、
自分たちのところに来てもらおうとすると、
時間給で高給、というやり方しかなくなります。

でも、本当は、
それは手堅いやり方ではないですよね。
若いうちから給料が安い代わりに常勤的にいてもらって、
その代わり長く働いてもらうほうが、
雇い方としては、本当はいいはずなんですよね。

まだしも、国の資格はなくても、
医療領域のほうが、
医師の先生が個人的に理解があれば、財政的に厳しくとも何とか常勤や常勤的に雇ってもらえるので、
そういう点では、堅実ですね。 

ちなみに私もありますよ。
受付事務兼そうじ係兼心理職、として
個人開業の精神科系クリニックで勤めていた経験が・・・。
ただし、年を取ると体がきついですが・・・。

医療領域もそうですが、
教育領域においても、
もう少し「地に足のついた」運営にしていくためには、
国家資格が欠かせないと思います。

いまのスクールカウンセラー制度に疑問をおもちになるなら、
なおのこと、
医療領域以外の国家資格化にも、
どうか反対をしないでいただきたいのです。

その上で、医師の先生方には、
医療領域以外の心理職にも、
医療関係科目の履修を求めるとか、
病院にも実習に行くよう勧告するとか、
卒後研修にも力をお貸しくださるとか、
そういうよい意味でのご意見・ご指導は、
どんどんしてくださいませ。

訂正です。

決して安くはないです。
  ↓
決して高くはないです。

つなで先生、おはようございます。

単純に思いつくことだけ申し上げます。

1、今回の法案については、いったん廃案とし、一からすべての団体が対等の立場で話しあうことから仕切り直しをすること。
その上で、心理職についての費用対効果のエビデンスに基づいた国家資格化が図られること。

2、「臨床」という言葉は、医療現場でのみ使われるべき言葉であること。

3、各職種の時間単価については、その歴史的経緯、国際比較を考えて、しっかりとしたエビデンス、費用対効果を提出できることにのみ、公的予算を投入すること。

4、医療現場においては、医師に最終的なすべての責任を負わせている現行法体系の下で、他の職種はその指示に従わざるを得ないこと。それに不服があるならば、医師法等を改正し、医師の精神的、肉体的負担を軽減し、他の職種についても同等の義務と責任を負わせること。

5、専門職の労働対価については、その経験や技量によって差別化が図られること。

6、学校現場においては、各教員の児童・生徒に対する心理的支援の技量を高めるために、社会全体が教員に対しての協力を惜しまず、特定の職種に限定せず、公的な責任で、児童・生徒を守ることを義務付けること。

7、心理職の国家資格化に当たっては、医師の応召義務に対応するレベルのきわめて重い義務と責任を課すること。その上で、医師と対等であるという主張をなすべきこと。また、その養成過程においても、少なくとも6年制の大学を終了すことが望まし
く、心理学の歴史的経緯から考えて、また、安易に「こころ」の問題という言い方の使用は避け、本質は生物学的な脳の問題であり、医学的素養が潤沢であるべきこと。同時に、社会学的なものの見方ができるべく、養成過程において考慮すべきこと。

起きぬけの、寝ぼけた頭で考え付いたことを述べました。少なくともこの程度のことは考えていくべきではないでしょうか。

最後に、この問題が、政治家達の利権争いになっていることについては、繰り返し強調しておきたいと思います。

> また、その養成過程においても、
> 少なくとも6年制の大学を終了すことが望ましく、

私もそのように考えます。
しかし6年制課程での心理職養成に反対しているのは、
医療関係団体ではないかと思います。

>デスマさま

12月31日付のコメント、冷静にあらためて読み直して見ました。

デスマさんのおっしゃることきわめてよくわかります。

僕がこの問題に関わったのは、日精診に何の打診もなく、2資格1法案という欠陥法案が、正確な知識を持ち合わせていない2つの議連の妥協の産物として、突然我々の前に立ちはだかってきたからです。

僕の不勉強で、ともかく一緒に働いている心理職に、国家資格を取らせて上げて、医療現場における肩身の狭い立場から救い出してあげたいと思ったからに過ぎません。したがって、医療心理師法案が成立しそうだと聞いた時に、むしろ心理職たちにおめでとうと言ってあげたかったくらいです。

ところが、現実の法案として上程寸前まで言った法案は、精神医療の現場を分かっていないことはなはだしいと義憤に燃えたというわけです。

ただ、先ほども申し上げましたとおり、僕は不勉強なんで、患者さんを診るのに精一杯で、臨床心理士の勢力がここまで大きくなっていることを見抜けませんでした。

多分、お互いにお会いしてお話させていただければ、僕が誤解している部分も多くあると思います。ですから、デスマさんがおっしゃることからすると、当初、我々が考えていた「医療心理師法」も、白紙に戻すべきでしょう。

だからと言って、今回の法案に賛成できるかとお考えでしょうか。これは、どう考えても、欠陥法案でしょう。これも廃案にすべきだと信じています。

話は変わりますが、「医行為」に関する法解釈については、異論もあるんじゃないでしょうか。無知をさらけ出すようですが、我々精神科医がやっている「通院精神療法」は「医行為」ではないんですか。それを認められると、我々は、医師としてのアイデンティティを失います。法の解釈については、学者によっても違いがあるはずですし、官僚たちは恣意的に法解釈を自分達の都合の良いように変更します。憲法9条なんて、そのいい例でしょう。まったく、下調べせずに、思いつくままかいておりますので、デスマさんにとってはお話にならないかもしれませんが。

それと、もう一点、デスマさんは、医師の力を過大評価しすぎておられます。この10年で医師の社会に及ぼす力はほとんどなくなったと言ってもいいでしょう。厚生労働省が勧めてきた医師の権威を低下させるという戦略が、見事に功を奏して、いまや医師の権威は地に落ちました。福島県の大野病院で産婦人科医が刑事事件で不当逮捕されたことは、日本の政府が医師を切り捨てたことの象徴です。ましてや、医師会はまったくもって無力です。自己負担の増大、診療報酬の縮小に対して、手をこまねいているだけで何の政治力も発揮できませんでした。自民党の参議院比例区の順位を見てください。看護協会や歯科医師会の候補の方が上位に来ていて、医師会推薦候補は当落線上に置かれています。河合氏が文化庁長官になって、いっそう文教族への政治力を増したのは確実でしょう。厚生族は橋本氏が亡くなって、ますます力を失うでしょう。

その医師集団の中でも、精神科医は最も身分の低い集団であり、1万名いるかいないかです。臨床心理士が1万5千人もいるときいて、驚きました。こんなちっぽけな集団にそんな大きな政治力があるというのはデスマさんの誤解だと感じます。現に、心療内科医たちは、臨床心理士を応援していますよね。鴨下氏はその旗頭ですが。

僕は精神科医になる時に、患者さんに刺されて殺されても仕方がないという覚悟をしたつもりです。もちろん死にたくはないですが。それでも、それだけの気概を持って、精神科の病院で、大暴れする患者さんと格闘し、その際に人権にできるだけの配慮をしてきたつもりです。それが、「臨床」だと思って15年間働きました。そして、思うところあって、開業し、採算性のないチーム医療を夢見て毎日患者さんと、お付き合いしてきました。だからこそ「臨床」という言葉を拡大解釈しないでほしいんです。

話がずれました、すいません。

ともかくも、今回の法案については、廃案にすべきだと思います。これは、政治家達の妥協の産物であり、現場で働いている専門職のことなど何もわかってないことが明白な法案です。実際に精神科の診療所や、精神科の病院で、1ヶ月でいいから働いてみた上で、議員達がこの法案に賛成するなら認めましょう。さらに、教育現場においても1ヶ月働いてもらいましょう。もう1月、福祉の現場でもです。

今日も、疲れているので、はちゃめちゃな文章になってますが、医療団体には昔の政治力はないことだけはご理解いただきたいと思います。

渡邉先生の書かれた文章を読んでいて、
とても率直で、飾らず、
そして権威的なものが嫌いな方なのだなと思いました。

> 話は変わりますが、「医行為」に関する法解釈については、
> 異論もあるんじゃないでしょうか。無知をさらけ出すようですが、
> 我々精神科医がやっている「通院精神療法」は
> 「医行為」ではないんですか。
> それを認められると、我々は、
> 医師としてのアイデンティティを失います。

おそらく多くの医師の先生は、
そのようにおっしゃるだろうと思います。

医師の先生が医療機関で行われている精神療法は、
従前どおり、医行為と考えられてよいと思います。

ただ、医師でない者が医療機関以外で、
似たようなことをしていたとして、
それを業務独占に抵触する行為として、
摘発することは難しいだろうと思います。
そこまで主張するためには、
やはり注射のように、客観的に観測でき、
そして一見して、
医行為でないとすれば傷害罪として刑法に触れるであろうような
そういう行為である必要があると思います。

刑法に触れるとして訴えるためには、
個々の価値観が入らないように、
客観的に誰が見てもそうであるという、
そういう条件が必要です。

例えば、戦前の「不敬罪」が、客観的に観測できない、
「不敬である」という構成要件をもっていたために、
結果的に民主主義を弾圧し、帝国主義を推進するために用いられました。
そういう過ちを避けるために、
現行の刑法は客観的な構成要件を
要求するようになっています。
(余談ですが、「共謀罪」の法案が、
野党の反対でなかなか成立しにくいのも、
同様の理由です。
共謀によるテロ行為を防ぐのは重要ですが、
一歩間違えば、国家による管理社会につながるからです。)

そしてそういった現行の刑法下での
「傷害罪」に対する違法性阻却の要件として、
「医行為」があるわけですから、
一見して傷害罪にあてはまるような行為内容でないと、
それを医行為であるとして、他者に禁じることまではできません。

通常の、身体に対する医行為は、
医行為であれば当然に、
医師以外の者が行うのを禁じることができます。

ですから、医師の先生方にとっては、
医行為でありながら、
類似の行為を禁じることができない、というのは、
実感として、大変不自然に感じられることでしょう。
それは理解できます。

しかしながら、
もし心理行為を医行為であるとして定義したければ、
まずは現行の刑法の法体系を、
根底から変える必要が出てきます。

でも一方で、医師の指示の拘束が全くなし、
というのは、
医師の先生方の実感にそぐわないであろうと思います。

そういった矛盾を解決するための、
「大人の解決」が、
医療心理師や臨床心理士の法案にみられた、
「医行為とはしないが、医療領域においては、
医師の指示の法的拘束をかける」
というアクロバットです。

おそらく、現行の法制度のもとで、
心理職を国家資格化しようとすれば、
上記の点は避けようがないように思われます。

また、医行為でなければ、法的には、
医療機関以外で医師の指示なく行うことは、
禁止はできません。

私は(そして多くの心理職は)、
医師の先生方のアイデンティティや誇りまでをも奪いたいとは
夢にも思っていません。

「医行為でない」と私たちが主張するのは、
医師の先生方の行っている行為を貶めたいのではなく、
ただ、自分たちが医療以外の場で行っている行為を、
禁止しないでほしいと思っているだけなのです。

ただし、医療心理師が単独成立してしまうと、
やがて、唯一の心理系国家資格保持者である医療心理師が、
医療領域以外でも採用されていくでしょう。
しかし、医療心理師は、法文上は、
資格自体に医師の指示の法的拘束がかけられています。
医療心理師が医療以外の場で雇われた場合には
医師の指示による法的拘束が無い、と全心協は主張しています。
しかしそれは、全心協と医療関係団体との間の
口約束に過ぎず、法文上は明記されていません。
要するに、個々の医師の先生や、
医療関係団体の考え次第(気分次第?)、
ということになります。
そうなると、結果的に、医療以外の場でも、
医師の指示書が無いと相談が受けられない、
という事態が
発生するであろう危惧が、ぬぐい去れません。
(一部の医師は、それが正しいと考え、
それを狙っていると思います。
それが現行法のルールを越えた「横車」であると、
私は思います。)

私のクライエントの中には、
週に1度話を聴いてもらえて、気持ちの整理をつけることで、
何とか世の中に適応できている、
何とかやれている、という人がたくさんいます。

私にとっては、クライエントが一番大事です。

それらの方々を、
すべて医療機関で面倒をみてもらえるなら、
それでもよいのです。
しかし、それは、マンパワー的にも、
財政的にも、無理ですよね。

むしろ、理想論ではありますが、
医療心理師でもない、臨床心理士でもない、
「1つの資格」を作っていただいて、
その上で、医師の指示による法的拘束の及ぶ範囲と、
必要と思われる際の医療機関への紹介義務、
必要とされる知識・能力・研修の範囲を、
法律で定めていただいたほうが、
すっきりしてよいように思います。

名称は別に「臨床」とつかなくても、
それは名前だけのことだから、
どちらでもよいのです。

そして、その「1つの資格」の認定機関には、
現行の臨床心理士会の人も全心協の人も、
そして医師の先生方にも、実験心理学者にも、
皆入っていただけたら、それが一番いいのではないかと、
個人的には思っております。

つたない、一介の心理職の意見ではありますが、
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

対話できたことに感謝しております。

>デスマさま

お返事ありがとうございます。

大変中立的、かつ、公正な議論を展開しておられ敬服いたします。

大変勉強になります。


>医療心理師でもない、臨床心理士でもない、
「1つの資格」を作っていただいて、
その上で、医師の指示による法的拘束の及ぶ範囲と、
必要と思われる際の医療機関への紹介義務、
必要とされる知識・能力・研修の範囲を、
法律で定めていただいたほうが、
すっきりしてよいように思います。


まったく、同感です。

デスマさんのような方ばかりだと、世の中の様々なゴタゴタはもっとすっきりと解決するだろうと感じました。

僕もしがない、一介の精神科医として、本来業務である患者さんのためにという原点に立ち戻って、臨床にいっそう身を入れて、そう長くはない精神科医人生を過ごしていきたいと再認識しました。

こちらこそ、身のある対話をさせていただき、感謝しております。ありがとうございました。

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